専門型に特有の変更点/企画型に特有の変更点

はじめに

 今回の記事では、20244月改正の裁量労働制の見直しについて、専門型及び企画型それぞれに特有の変更点について解説いたします。


専門業務型裁量労働制の変更点
 「専門業務型裁量労働制」の対象となる業務は、その性質上、業務遂行の手段や方法、時間配分などを大幅に労働者の裁量にゆだねる必要があるものとして、厚生労働省令および厚生労働大臣告示によって定められた業務を指します。

2024年度の改正では、大きく次の2点が変更されることにより、様々な手続に影響が出ています。

1 対象業務の追加

  現行は、専門業務型裁量労働制の対象業務として19業務が定められていましたが、改正後は、「銀行又は証券会社における顧客の合併及び買収に関する調査又は分析及びこれに基づく合併及び買収に関する考案及び助言の業務」(いわゆるM&Aの業務)が追加され、20業務となりました。改正後の対象業務は以下のとおりです。

【対象業務】※下線が令和6年4月1日から追加される業務です。
1. 新商品若しくは新技術の研究開発又は人文科学若しくは自然科学に関する研究の業務
2. 情報処理システム(電子計算機を使用して行う情報処理を目的として複数の要素が組み合わされた体系であってプログラムの設計の基本となるものをいう。7において同じ。)の分析又は設計の業務
3. 新聞若しくは出版の事業における記事の取材若しくは編集の業務又は放送法(昭和25年法律第132号)第2条第28号に規定する放送番組(以下「放送番組」という。)の制作のための取材若しくは編集の業務
4. 衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインの考案の業務
5. 放送番組、映画等の制作の事業におけるプロデューサー又はディレクターの業務
6.
広告、宣伝等における商品等の内容、特長等に係る文章の案の考案の業務(いわゆるコピーライターの業務)
7. 事業運営において情報処理システムを活用するための問題点の把握又はそれを活用するための方法に関する考案若しくは助言の業務(いわゆるシステムコンサルタントの業務)
8. 建築物内における照明器具、家具等の配置に関する考案、表現又は助言の業務(いわゆるインテリアコーディネーターの業務)
9. ゲーム用ソフトウェアの創作の業務
10. 有価証券市場における相場等の動向又は有価証券の価値等の分析、評価又はこれに基づく投資に関する助言の業務(いわゆる証券アナリストの業務)
11. 金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発の業務
12. 学校教育法(昭和22年法律第26号)に規定する大学における教授研究の業務(主として研究に従事するものに限る。)
13. 銀行又は証券会社における顧客の合併及び買収に関する調査又は分析及びこれに基づく合併及び買収に関する考案及び助言の業務(いわゆるM&Aアドバイザリー業務)
14. 公認会計士の業務
15. 弁護士の業務
16.
建築士(一級建築士、二級建築士及び木造建築士)の業務
17.
不動産鑑定士の業務
18. 弁理士の業務
19. 税理士の業務
20. 中小企業診断士の業務
出所:厚生労働省パンフレット「専門業務型裁量労働制について
M&Aアドバイザリー業務に関する各文言の詳細は、以下のとおりです(施行通達第23およびQ&A)。

「銀行又は証券会社」

銀行法(昭和56年法律第59号)21項に規定する銀行、

金融商品取引法(昭和23年法律第25号)29項に規定する
金融商品取引業者のうち、同法281項に規定する
第一種金融商品取引業を営む証券会社をいうものであり、信用金庫等は含まれない。
また、M&A仲介会社は含まれない 2

「顧客」

対象業務に従事する労働者を雇用する銀行または証券会社にとっての顧客(個人または法人)をいう。

「合併及び買収」

M&A(Mergers(合併) and Acquisitions(買収))のことをいい、各種手法(会社法の定める組織再編行為(合併、会社分割等)、株式譲渡、事業譲渡等)による事業の引継ぎ(譲渡し・譲受け)をいうものであり、事業承継を含む。

「調査又は分析」

M&Aを実現するために必要な調査または分析をすることをいうものであり、例えば、M&Aによる事業収益への影響等に関する調査、分析や対象企業のデューデリジェンス(対象企業である譲渡し側における各種のリスク等を精査するために実施される調査をいう。)が含まれる。

「これに基づく考案及び助言」

上記調査または分析に基づき、M&Aを実現するために必要な考案および助言(専ら時間配分を顧客の都合に合わせざるを得ない業務は含まれない。)を行うことをいう。

M&Aアドバイザリー業務に従事していると認められるためには~
 労働者が上記のM&Aアドバイザリー業務に従事していると認められるためには、当該労働者が、「調査又は分析」と「考案及び助言」の両方の業務を行う必要があり、一方の業務のみを行う場合には、当該労働者に専門型を適用することはできません。

2 労使協定事項の追加

 本改正により、下表の⑥〜⑧、⑩の下線部の事項が労使協定において協定しなければならない事項として追加されました。このことは、使用者が労使協定に基づき実施する必要がある事項の増加を意味します。

専門型の労使協定
制度の対象とする業務
労働時間としてみなす時間(みなし労働時間)
対象業務の遂行の手段や時間配分の決定等に関し、使用者が対象労働者に具体的な指示をしないこと
対象労働者の労働時間の状況に応じて実施する健康・福祉を確保するための措置
対象労働者からの苦情の処理のため実施する措置
制度の適用に当たって労働者本人の同意を得ること
制度の適用に労働者が同意をしなかった場合に不利益な取扱いをしないこと
制度の適用に関する同意の撤回の手続
労使協定の有効期間
労働時間の状況、健康・福祉確保措置の実施状況、苦情処理措置の実施状況、同意及び同意の撤回の労働者ごとの記録を協定の有効期間中及びその期間満了後5年間(当面の間は3年間)保存すること
出所:厚生労働省リーフレット「裁量労働制の導入・継続には新たな手続きが必要です

1)労働者本人の同意に関する事項(
 労使協定において、制度の適用にあたって労働者本人の同意を得ること(⑥)、制度の適用に労働者が同意をしなかった場合に不利益な取扱いをしないこと(⑦)、および制度の適用に関する同意の撤回の手続を定めること(⑧)が求められます。
 さらに、使用者は協定の内容等の制度概要、賃金・評価制度の内容、同意しなかった場合の配置・処遇について明示した上で説明して労働者本人の同意を得ること、同意は書面によること等その具体的な手続を労使協定で定めることが適当です。加えて、労働者本人の同意を得るに当たって、使用者は、苦情の申出先、申出方法等を書面で明示する等、苦情処理措置の具体的内容を適用労働者に説明することが適当です。同意の撤回の手続きを協定するに当たっては、申出先の部署及び担当者、撤回の申出の方法等を 明らかにすることが必要です。また、使用者は、同意の撤回後の配置及び処遇について同意の撤回を理由として不利益な取扱いをしてはなりません。加えて、同意の撤回後の処遇等について、あらかじめ協定で定めておくことが望ましいです。

2)記録の作成・保存義務(
 協定対象事項について、労働者ごとの記録を作成し、労使協定の有効期間中およびその満了後5年間(当面の間は3年間)保存する義務が明記されることになりました。
 なお、記録の保存義務は、本改正の施行日である2024年41日以降に作成された記録について適用されます。

企画業務型裁量労働制の変更点

 「企画業務型裁量労働制」は、事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査および分析の業務が対象となります。ただし、対象業務の具体的範囲は、ホワイトカラーの業務全てが該当するわけではなく、以下の4要件全てを満たす業務の中で、具体的な範囲を決議しなければなりません。

【企画業務型裁量労働制の業務要件】
1.業務が所属する事業場の事業の運営に関するものであること
※ 例えば、対象事業場の属する企業等に係る事業の運営に影響をおよぼすもの、事業場独自の事業戦略に関するものなど
2.企画、立案、調査および分析の業務であること
3.業務遂行の方法を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要があると、業務の性質に照らして客観的に判断される業務であること
4.業務の遂行の手段および時間配分の決定等に関し、使用者が具体的な指示をしないこととする業務であること

 この制度を導入するには労働者本人の同意が必要になります。また、対象事業場において、労使双方の代表者を構成員とする労使委員会を設置し、労使委員会で運営規程と決議を取り決めた上で労働基準監督署への届出が必要になります。
 ここまでの流れは従来の制度と変わりはありませんが、202441日以降は労使委員会の決議項目と運営規程に次の事項を追加する必要があります。

1 労使委員会の決議事項の追加
 本改正により、下表の⑧、⑨、⑩の下線部の事項が労使委員会において決議しなければならない事項として追加されました。以下、それぞれについて解説します。

企画型の労使委員会の決議
① 制度の対象とする業務
② 対象労働者の範囲
③ 労働時間としてみなす時間(みなし労働時間)
④ 対象労働者の労働時間の状況に応じて実施する健康・衣服氏を確保するための措置
⑤ 対象労働者からの苦情の処理のため実施する措置
⑥ 制度の適用に当たって労働者本人の同意を得ること
⑦ 制度の適用に労働者が同意をしなかった場合に不利益な取扱いをしないこと
制度の適用に関する同意の撤回の手続
対象労働者に適用される賃金・評価制度を変更する場合に、労使委員会に変更内容の説明を行うこと
⑩ 労使委員会の決議の有効期間
労働時間の状況、健康・福祉確保措置の実施状況、苦情処理措置の実施状況、同意及び同意の撤回の労働者ごとの記録を決議の有効期間中及びその期間満了後5年間(当面の間は3年間)保存すること
出所:厚生労働省リーフレット「裁量労働制の導入・継続には新たな手続きが必要です

1)労働者本人の同意に関する事項(⑧)
 従前から、企画型を適用するためには、労働者の同意が必要とされていたところ、本改正により、同意の撤回に関する手続が労使委員会の決議事項に含まれることになりました。

2)労使委員会に対する賃金・評価制度の説明(⑨)
 本改正により、企画型の適用対象となる労働者(以下「企画型対象労働者」といいます)に対し、適用される賃金・評価制度が変更される場合には労使委員会に変更内容の説明を行うことが決議事項に追加されました。
 この説明は、事前説明が適当とされていますが、事前説明が困難である場合は、変更後遅滞なく説明することでも足りるものと考えられます)。

3)記録の作成・保存義務(⑪)
 本改正により、同意の撤回に関する記録も決議対象事項として追加されました。これに関連して⑪の決議事項につき、労働者ごとの記録を作成し、決議の有効期間中およびその満了後5年間(当面の間は3年間)保存しなければならないものとされました。
 なお、記録の保存義務は、本改正の施行日である2024年41日以降に作成された記録について適用されます。

2 労使委員会の運営規程の記録事項の追加
 本改正により、労使委員会の運営規程の記載事項として以下の項目が追加されました。

  1. 企画型対象労働者に適用される賃金・評価制度の内容についての使用者から労使委員会に対する説明に関する事項
  2. 制度の趣旨に沿った適正な運用の確保に関する事項
  3. 開催頻度を6か月以内ごとに1回とすること

 上記2.について、具体的には、使用者および委員は、労使委員会が企画型の実施状況を把握し、企画型対象労働者の働き方や処遇が制度の趣旨に沿ったものとなっているかを調査審議し、運用の改善を図ることや決議の内容について必要な見直しを行うこと、決議や制度の運用状況について調査審議することが求められます。

定期報告の頻度の改正
 企画型を実施する使用者は、定期的に労働時間の状況、健康・福祉確保措置の実施状況を、所轄の労働基準監督署に報告することが求められています。従前、定期報告の頻度は、労使委員会の「決議が行われた日」から6か月以内ごとに1回とされていました。しかし、当該決議日と当該制度の適用開始日が必ずしも同日であるとは限らないことから、本改正では、報告期間の起算日は「決議の有効期間の始期」(つまり制度の適用開始日)と修正されました。
 また、6か月以内ごとに1回とされていた報告の頻度についても、本改正により、6か月以内に1回およびその後1年以内ごとに1回とされました(労基法38条の44項)。

おわりに

 労働人口の減少、慢性的な人材不足により、様々な事情を抱えた従業員が長く働き続けられるよう、多くの企業が多様な働き方を模索しています。今回の改正裁量労働制は、そうした企業の働き方を見直すきっかけになるかもしれません。
 厚労省は2021年、裁量労働制についての実態調査について、結果を公表しました。専門型裁量労働制が適用されている労働者がいる適用事業場では、「特に意見はない」(39.5%)が最も高く、「今のままでよい」(37.9%)、「制度を見直すべき」(15.8%)と続いています。
 企画型裁量労働制が適用されている労働者がいる適用事業場では「制度を見直すべき」(39.7%)が最多で、「今のままでよい」(33.9%)、「特に意見はない」(23.8%)と続いています。

 適用労働者に対して裁量労働制の適用について満足しているかどうか尋ねたところ「満足している」(41.8%)が最も高く、「やや満足している」(38.6%)とあわせると、肯定的な意見は8割近くにのぼっています。その一方で、本来は裁量労働制の対象にならない職種なのに、残業代を払いたくない使用者によって裁量労働制にされているケースもあるとされ、問題視する見方もあります。

 裁量労働制の適正な運用には、労使とも制度の趣旨・目的を理解し、周知を徹底する必要があります。
従業員との紛争が発生した場合、その対応には大きな労力が必要となります。また、労務管理について、事前に法的な対策を講じておくことで、労使紛争リスクを未然に防ぐことが可能です。
 就業規則のリーガルチェックや作成をはじめ、労働問題でお悩みの際は、増井総合法律事務所の弁護士にお気軽にご相談ください。

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