1.はじめに
損害賠償とは、他人に損害を与えた者が被害者に対しその損害を填補し、損害がなかったのと同じ状態にすることをいいます。そのため、交通事故の被害者が、複数の保険会社から保険金を受け取り、それが実際の損害額以上になると、不当な利益が発生してしまいます。このような場合に、不当な利益が生じないように調整し、損害を公平に負担させるために「損益相殺」が行われます。
今回の記事では、損益相殺の定義や、損益相殺されるものとされないものについて解説いたします。
2.損益相殺とは
損益相殺とは、交通事故の被害者が損害賠償金を余分に受け取らないようにするための制度です。民法上、条文はありませんが、公平の観点から実務上当然に認められています。
具体的には、被害者が交通事故をきっかけに何らかの利益を得た場合に、その利益を損害から控除すること(差し引くこと)で、損害賠償金の二重取りを防ぎます。
例えば、事故の損害の総額が200万円のとき、50万円を一時金などで先に保険会社より受け取っていた場合、この50万円について調整を行わず追加で200万円の保険金額が支払われると、損害に対する二重取りが発生してしまいます。そこで、200万円から既に補填された50万円を控除し、最終的な示談締結時に受け取る保険金額を150万円に調整します。
3.損益相殺される受取金
⑴ 損益相殺の対象
実際に受け取っていると示談交渉時に損益相殺されてしまうものは、以下のとおりです。
✓ 自賠責保険金・政府保障事業のてん補金
✓ 各種社会保険の給付金
✓ 健康保険法に基づく給付金
✓ 所得補償保険金
✓ 健康保険法に基づく給付金
✓ 労災保険法による給付金(給付金の趣旨目的と民事上の損害賠償の趣旨目的が一致する関係にある費目に限り、損益相殺の対象となる。但し、労災保険法による特別支給金を除く)
✓ 人身傷害保険金(被害者の過失部分に相当する金額を上回る部分のみ)
✓ 加害者による弁済
交通事故の状況によって、いつの段階で、どのような金銭の受領が発生するか異なりますが、交通事故に関連した金銭については、すべて控え等保管しておきましょう。
⑵ 自賠責保険金・政府保障事業のてん補金
自賠責保険金は、加害者が自賠責保険に加入している場合に、人身事故について、加害者が損害賠償責任を負う場 合の損害について支払われるものです。
自賠責保険から受け取った保険金分は、任意保険会社が支払う賠償金から控除されます。例外的に、ひき逃げされた場合や自賠責保険無加入の車が加害車両であった場合は、被害者の請求により、自賠責保険に代わって政府保障事業から自賠責保険と同内容の給付を受け取ることができます。この場合のてん補金についても同様に控除の対象となります。
⑶ 支給が確定した各種社会保険の給付金
交通事故によって障害、もしくは死亡に至った場合、各種社会保険の給付対象となる事があります。例えば、各種障害年金、各種遺族年金等がこれに該当します。
⑷ 健康保険法に基づく給付金
通常、怪我などで通院するときには健康保険証を提示することで、治療費の自己負担が軽減されます。このとき、健康保険より軽減分の治療費が給付されているということ
になります。
そのため、健康保険を使って交通事故の通院を行った場合には、健康保険から受け取った治療費の給付について損益相殺で調整を行うことになります。
なお、健康保険組合が負担し、後で加害者に求償請求した部分の治療費については損益相殺の対象とはなりません。
⑸ 労災保険法による給付金
労災保険から各種給付金が支払われることがあります。各種保険給付金の趣旨目的と民事上の損害賠償の趣旨目的が一致する関係にある場合は、損益相殺の対象となります。労災保険給付は、被害者に対する損害を填補する性質を有するため、費目によっては二重取りになってしまうからです。
例えば、療養補償給付を受け取った場合には、治療費から損益相殺される可能性がありますし、休業補償給付や傷害補償給付・傷病補償年金を受け取った場合には、休業損害及び逸失利益から損益相殺される可能性があります。
言い換えると、療養補償給付を治療費以外の費目(慰謝料や休業損害)から損益相殺することも、休業補償給付や傷害補償給付を休業損害及び逸失利益以外の費目から損益相殺することはできません。
⑹ 所得補償保険金
所得補償保険金とは、ケガや病気等で働けなくなったときに収入の減少分を補填する保険金です。
収入の減少原因が交通事故にあり、収入の減額分に応じて支払われる保険の内容であれば、交通事故の損害賠償項目である休業損害と二重取りになってしまうので、損益相殺が必要となり控除対象となりえます。
⑺ 人身傷害保険
被害者自身の自動車保険に人身傷害保険がついている場合、交通事故の損害を加害者に請求するのではなく、自身の人身傷害保険に対して申請をすることができることがあります。人身傷害保険からの保険金は、本来加害者が支払うべき金銭なので、被害者の過失部分に相当する金額を上回る部分については、損益相殺の対象となります。
人身傷害保険の受給申請については、まずご自身が加入している保険会社に申請が可能か問い合わせましょう。
⑻ 加害者による弁済
相手方保険会社からではなく、加害者本人から直接金銭を受け取った場合にも、交通事故に関する賠償になるので、示談の際には二重取りとならないよう、受け取った金額を控除します。
4.損益相殺されない受取金
交通事故に関連した金銭すべてが損益相殺されるわけではありません。交通事故を原因とした支払いであっても、その事故による実損を補填する目的での支払いではなく、一定の条件に合致すると定額で支払われるものなどは損益相殺の対象となりません。
代表的な例としては、労災保険法による特別支給金、特別支給金傷病特別年金、遺族特別支給金、人身傷害保険金の被害者過失に相当する部分、就学等援護費、生命保険金、障害保険金、失業保険金、加害者からの社会儀礼上相当額の香典・見舞金、子供が死亡してしまった場合の養育費等が挙げられます。
また、最高裁平成5年3月24日判決は、被害者又はその相続人が取得した債権につき、損益相殺的な調整を図ることが許されるのは、当該債権が現実に履行された場合又はこれと同視し得る程度にその存続及び履行が確実であるということができる場合に限られるとして、支給未確定分については控除を要さないと判断しています。
判断に迷う金銭受領があれば、示談交渉前に弁護士へ確認しておくことをおすすめいたします。
5.まとめ
以上のとおり、交通事故の被害を受けた場合、各種保険会社からの保険金や労災保険法による給付金、公的年金等様々な支給を受けることが考えられます。
受け取る金銭が何に対して、どういった性質のものであるのかを把握したうえで、損益相殺の対象となるのか判断が必要です。
どのような給付金が損益相殺の対象となるか、専門的な知識がないと判断が難しいところですので、まずは、受け取った金銭に関する資料はすべて保管しておきましょう。
そして、それぞれの金銭の妥当性などを見極め、損益相殺の主張が適正であるのか判断が必要となります。
また、損益相殺のみならず、後遺障害の等級認定、過失相殺、素因減額についても必要に応じて考えなければなりません。そのため、難しいと判断される場合には、弊所に一度ご相談されることをお勧めいたします。