はじめに
裁量労働制に関するルールのが2024年4月1日に改正され、裁量労働制の導入および継続のために新たな手続が要求されることになります。
同施行日を有効期間に含む専門業務型裁量労働制の労使協定、および企画業務型裁量労働制の労使委員会決議は、本改正に適合したものではない場合には、施行日以降は無効とされます(施行通達第4・1)。
新たに裁量労働制を実施しようとする企業だけでなく、現時点で裁量労働制を実施している企業も、上記施行日以降に裁量労働制を新たに、または継続して実施するためには本改正に基づく対応が必要となり、実務上重大なインパクトが生じ得ます。したがって、企業においては、施行日に先立ち、早期に対応を検討することが必要になると考えられます。
今回は、本改正の基本事項や実務対応のポイントについて解説します。
1.裁量労働制とは何か
解説の前提として、裁量労働制に関する基本事項をご説明します。
1-1 専門業務型裁量労働制(専門型)と企画業務型裁量労働制(企画型)
裁量労働制とは、労働基準法が定める労働時間の柔軟化を図る制度の1つで、業務の性質上その遂行方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要があるものについては、実労働時間ではなく、労使協定や労使委員会の決議で定められた時間によって労働時間を算定する制度です。社会経済の変化により、一定の専門的・裁量的業務に従事する労働者が増加したことがきっかけで導入されました。法律で定められた業務について労使協定でみなし労働時間数を定めた場合には、当該業務を遂行する労働者については、実際の労働時間数にかかわりなく協定で定める時間数労働したものと「みなす」ことができます。
たとえば、みなし時間を7時間とした場合、実際には9時間働いていても、2時間働いていても、7時間働いたものとみなされます。
労働基準法では、「専門業務型裁量労働制」と「企画業務型裁量労働制」の2種類が認められています。
「専門型」、「企画型」についてご説明していきます。
⑴ 専門業務型裁量労働制の対象業務
専門業務型裁量労働制は、業務の性質上、業務遂行の手段や方法、時間配分等を大幅に労働者の裁量に委ねる必要がある業務として法令等により定められた業務について適用が可能な類型です。現行法上、専門型の対象は19業務に限られます。なお、本改正により、対象業務が1つ追加されました(20の業務になりました)。
専門業務型裁量労働制(労働基準法第38条の3)の対象となる業務は、以下に限定されています。
専門業務型裁量労働制の対象となる具体的な業務
「業務の性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間分配の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難なものとして厚生労働省令で定める業務」
具体的には、下記のとおりです。
1 新商品若しくは新技術の研究開発又は人文科学若しくは自然科学に関する研究の業務
2 情報処理システム(電子計算機を使用して行う情報処理を目的として複数の要素が組み合わされた体系であってプログラムの設計の基本となるものをいう。7において同じ。)の分析又は設計の業務
3 新聞若しくは出版の事業における記事の取材若しくは編集の業務又は放送法(昭和25年法律第132号)第2条第28号に規定する放送番組(以下「放送番組」という。)の制作のための取材若しくは編集の業務
4 衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインの考案の業務
5 放送番組、映画等の制作の事業におけるプロデューサー又はディレクターの業務
6 広告、宣伝等における商品等の内容、特長等に係る文章の案の考案の業務(いわゆるコピーライターの業務)
7 事業運営において情報処理システムを活用するための問題点の把握又はそれを活用するための方法に関する考案若しくは助言の業務(いわゆるシステムコンサルタントの業務)
8 建築物内における照明器具、家具等の配置に関する考案、表現又は助言の業務(いわゆるインテリアコーディネーターの業務)
9 ゲーム用ソフトウェアの創作の業務
10 有価証券市場における相場等の動向又は有価証券の価値等の分析、評価又はこれに基づく投資に関する助言の業務(いわゆる証券アナリストの業務)
11 金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発の業務
12 学校教育法(昭和22年法律第26号)に規定する大学における教授研究の業務(主として研究に従事するものに限る。)
13 銀行又は証券会社における顧客の合併及び買収に関する調査又は分析及びこれに基づく合併及び買収に関する考案及び助言の業務(いわゆるM&Aアドバイザーの業務)※令和6年4月1日から追加された業務です。
14 公認会計士の業務
15 弁護士の業務
16 建築士(一級建築士、二級建築士及び木造建築士)の業務
17 不動産鑑定士の業務
18 弁理士の業務
19 税理士の業務
20 中小企業診断士の業務
⑵ 企画業務型裁量労働制の対象業務
そもそも、企画業務型裁量労働制は、事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務であって、業務の性質上、これを適切に遂行するには、その遂行の方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要があるため、業務遂行の手段や時間配分の決定等に関し、使用者が具体的な指示をしないこととする業務等について労使委員会で決議し、労働基準監督署に決議の届出を行い、労働者を実際にその業務に就かせた場合、労使委員会の決府議で予め定めた時間を労働したもののとみなす制度です。
専門型のように対象となる業務は明確に画定されていませんが、対象者の無制限な拡大を防止するため、専門型よりも厳格な手続および要件が定められています。
1-2 導入手続
裁量労働制導入のための手続は、それぞれの類型で異なります。
なお、本稿で解説する協定届・決議届の様式については、厚生労働省ホームページをご参照ください。
⑴ 専門業務型裁量労働制
労働者に対し、企画業務型裁量労働制を適用するためには、事業場の過半数で組織する労働組合、または当該労働組合が存在しないときは、当該労働者の過半数を代表する者との労使協定により、一定の事項を定め、これを所轄の労働基準監督署に届け出る必要があります。
なお、今回の改正により、労使協定で定めるべき事項が追加されました(下記の10個の項目のうち太字で記載している部分が、法改正により追加された項目です)。
専門業務型裁量労働制を導入するときには、対象とする業務を労使協定で決定しなければなりません。労使協定は、事業場ごとに、過半数労働組合又は過半数代表者の同意を得て、以下の事項を書面で定めます。
① 制度の対象とする業務(省令・告示により定められた20業務)
② 1日の労働時間としてみなす時間(みなし労働時間)
③ 対象業務の遂行の手段や時間配分の決定等に関し、使用者が適用労働者に具体的な指示をしないこと
④ 適用労働者の労働時間の状況に応じて実施する健康・福祉確保措置の具体的内容
⑤ 適用労働者からの苦情処理のために実施する措置の具体的内容
⑥ 制度の適用に当たって労働者本人の同意を得なければならないこと
⑦ 制度の適用に労働者が同意をしなかった場合に不利益な取扱いをしてはならないこと
⑧ 制度の適用に関する同意の撤回の手続
⑨ 労使協定の有効期間(※3年以内とすることが望ましい)
⑩ 労働時間の状況、健康・福祉確保措置の実施状況、苦情処理措置の実施状況、同意及び同意の撤回の労働者ごとの記録を協定の有効期間中及びその期間満了後3年間保存すること
なお、専門業務型裁量労働制を導入しても、休憩、休日、年次有給休暇に関する規定は適用除外されません。
⑵ 企画業務型裁量労働制
他方、労働者に対し、企画業務型裁量労働制を適用するためには、その事業場において、労使の代表で構成される労使委員会を設置したうえで、一定の事項を労使委員会の委員の5分の4以上の多数による決議により決定する必要があります。また、使用者は、その決議を所轄の労働基準監督署に届け出る必要があります。
企画業務型裁量労働制を導入するためには、専門業務型裁量労働制よりも厳格な手続きを要します。
具体的には、以下のような手続きが必要です。
①労使委員会を設置すること
➁労使委員会で決議すること
③労働基準監督署長に対する届出
④対象労働者の同意を得ること
1-3 導入による効果や注意点
専門業務型裁量労働制と企画業務型裁量労働制のいずれの類型についても、法令の定める要件を満たしたうえで、労働者が対象業務に従事した場合には、実際の労働時間(実労働時間)にかかわらず、労使協定または労使委員会の決議で定めた時間数労働したものとみなされます。
ただし、休憩、休日、時間外・休日労働および深夜労働(午後10時から午前5時までの時間帯における労働をいいます。)の法規制の適用は除外されないことから、みなし労働時間が法定労働時間(1日8時間、1週40時間。)を超過する場合には、「時間外労働・休日労働に関する協定」(いわゆる「36協定」)の締結が必要です。また、時間外、休日および深夜に労働が行われた場合には、その時間について割増賃金の支払いが必要です。
なお、上述した労使協定・労使委員会決議のいずれについても、いわゆる自動更新条項を設定することは認められない点に留意が必要です。労使協定・労使委員会決議の有効期間は、3年以内とすることが望ましいとされています。
裁量労働制の導入手続きや運用に不備があれば、裁量労働制は無効となります。有効な裁量労働制が適用されると、割増賃金はみなし労働時間に基づいて支払われます。また、みなし労働時間が法定労働時間の範囲内であれば、割増賃金は発生しません。しかし、裁量労働制が無効になると、実際の労働時間に応じた割増賃金の支払いなどが必要になる場合もあります。
2 専門型を企画型に共通する変更点
裁量労働制を実施するためには、労働者に対し健康・福祉確保措置を講じることが求められているところ、専門型と企画型に共通する変更点として、改正指針では、健康・福祉確保措置として定めることが適切な内容として、下記の措置が追加されました。
さらに、改正指針では、健康・福祉確保措置を、A事業場の裁量労働制の適用対象労働者(以下「対象労働者」といいます)全員を対象とする措置、およびB個々の対象労働者の状況に応じて講ずる措置の2つのカテゴリーに区分し、それぞれ1つずつ以上実施することが望ましいとされています。
A 事業場の対象労働者全員を対象とする措置
①終業から始業までの一定時間以上の休息時間の確保(勤務間インターバルの確保)
②深夜労働(22時~5時)の回数を1箇月で一定回数以内に制限
③労働時間の上限の設定(一定の労働時間を超えた場合の制度の適用解除)
④年次有給休暇についてまとまった日数連続して取得することを含めたその取得促進(連続した年次有給休暇の取得)
B 個々の対象労働者の状況に応じて講ずる措置
⑤一定の労働時間を超える対象労働者への医師面接指導
⑥代償休日または特別な休暇の付与
⑦健康診断の実施
⑧心とからだの健康問題についての相談窓口の設置
⑨適切な部署への配置転換
⑩産業医等による助言・指導または対象労働者に産業医等による保険指導を受けさせること
C 苦情処理措置
苦情処理措置については、苦情の申出の窓口及び担当者、取り扱う苦情の範囲、処理の手順・方法等 その具体的内容を明らかにすることが必要です。 この際、使用者や人事担当者以外の者を申出の窓口とすること等の工夫により、対象労働者が苦情を 申し出やすい仕組みとすることや、取り扱う苦情の範囲については対象労働者に適用される評価制度、 賃金制度及びこれらに付随する事項に関する苦情も含むことが適当です。
D 労働者本人の同意
裁量労働制を導入するに当たっては、労働者本人の同意を得なければなりません。 また、専門業務型裁量労働制においては、労使協定で本人同意に関して以下の事項を定める必要があり、企画業務型裁量労働制においては、労使委員会で本人同意に関して以下の事項を決議する必要があります。
➀労働者本人の同意を得なければならないこと
➁同意をしなかった場合に不利益な取り扱いをしてはならないこと
➂同意の撤回に関する手続
さらに、使用者は協定の内容等の制度概要、賃金・評価制度の内容、同意しなかった場合の配置・処遇について明示した上で説明して労働者本人の同意を得ること、同意は書面によること等 その具体的な手続を労使協定で定めることが適当です。 加えて、労働者本人の同意を得るに当たって、使用者は、苦情の申出先、申出方法等を書面で明 示する等、苦情処理措置の具体的内容を適用労働者に説明することが適当です。また、同意の撤回の手続きを協定するに当たっては、申出先の部署及び担当者、撤回の申出の方法等を明らかにすることが必要です。そして、使用者は、同意の撤回後の配置及び処遇について同意の撤 回を理由として不利益な取扱いをしてはなりません。加えて、同意の撤回後の処遇等について、専門業務型においては、あらかじめ協定で定めておくことが望ましいです(企画業務型においては、あらかじめ決議おくことが望ましいです)。