素因減額について

 交通事故の損害賠償請求において、事故前から既往症があり、病気とまではいわないまでも痛いところがあるようなときに、これらが損害の発生又は拡大に寄与したとして、保険会社ともめてしまうことがあります。
 このような場合、交通事故の交渉を行う際に、保険会社からの提示内容に「素因減額」と記載されていることがあります。専門用語のため、すぐにピンとこないかもしれませんが、最終的な損害賠償額に非常に大きく関わってくる大切な内容です。 
 では、素因減額はどのような場合に認められるのでしょうか。今回の記事では、身体的要因・心因的要因による減額、素因減額はどのような場合に認められるのかについて解説いたします。

素因減額とは

 素因減額とは、交通事故の発生前から被害者の身体又は精神的に有していた既往症等によって、自己の損害が拡大した場合、その既往症が関与した部分については損害額から差し引くというものです。
 素因には精神的傾向である「心因的要因」と、身体に関する「身体的要因」の二種類があります。それぞれどのような既往内容が該当してしまうのか確認してみましょう。

心因的要因について

 「被害者の性格」「自発的意識の欠如」、「愁訴」「賠償神経症」(外傷を契機として生ずる心因性の神経症状態の総称。)などが心因的素因として判断され、素因減額の対象になります。
 心因的要因については、判例(昭和63421日民集424243頁)は、「身体に対する加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において、その損害がその加害行為のみによって通常発生する程度、範囲を超えるものであって、かつ、その損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与しているときは、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、民法7222項の過失相殺の規定を類推適用して、その損害の拡大に寄与した被害者の右事情を斟酌することができるものと解するのが相当である。」と判示し、その後の一連の最高裁判所の判決により、民法7222項の過失相殺の規定を類推適用して、心因的訴因のみならず心因的要因を斟酌して損害賠償額の減額ができるとする判例が確立され、交通事故損害賠償訴訟の裁判実務もこれに沿って運用されています(『実例と経験談から学ぶ資料・証拠の調査と収集―交通事故編―』第一東京弁護士会第一倶楽部 268頁)。

 例えば、軽い事故にもかかわらず長期間の治療継続、他覚的所見を伴わない自覚症状の訴えがある、鬱病といった既往症がある場合に、心因的要因による素因減額となる可能性があります。
 ただし、「精神的に弱い」などの心因的要因があれば、直ちに素因減額されるかというと、そうではなく、心因的要因によって損害が拡大したという因果関係が必要になります。

 最判平成12324日民集5431155頁は、交通事故ではなく過労自殺の事案ではありますが、上記昭和63年判決を前提としつつも、ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、使用者として予想すべき事態における心因的要因としての減額を否定しています。

身体的要因について

 既往症がある=素因減額ではありません。
 例えば被害者が交通事故で腰痛を発症したとしても、もともと腰痛持ちであればその腰痛は100%交通事故によるものとは言えません。
 加害者側から、本来そのような損害が発生するとは思われない事故なのに、当該身体的要因が存するために損害が発生・拡大した、あるいは、事故の結果既往症が悪化したと主張され、これを加害者側が立証した場合には、訴因減額が認められます。

 素因減額の対象となりうる疾患の例としては、以下が挙げられます。
∗ 椎間板ヘルニア
∗ 脊柱管狭窄症
∗ 後縦靱帯骨化症
∗ その他、事故前からの持病や既往症

 ただし、上記のような疾患があったとしても、必ずしも素因減額の対象となるとは限りません。特にヘルニアや脊柱菅狭窄症は老化によって発症することも多いため、素因減額の対象になるか加害者側と争いになる可能性があります。
 老化による現象や疾患とは言えない身体的特徴は、素因減額の対象にはなりません。また、やせ型、肥満、高身長といった体質的要因が争われるケースもありますが、ポイントは、既往症が疾患にあたるかどうかにあります。

素因減額の立証責任は加害者側にある

 交通事故において、被害者側に素因減額の対象となる疾患などがあるかどうかは、加害者側が立証しなければなりません。
 なぜなら、素因減額を主張し、その結果利益を得るのは加害者だからです。
 加害者が素因減額を適切であると主張する為には、以下の4点について根拠ある立証を行うことが必要になります。 

① 被害者がもつ身体的、精神的特性が、単なる「特徴」ではなく「疾患」といえる状態であること
② 被害者の負った損害が、交通事故だけでなく、被害者の身体的・精神的疾患も原因になっていること
③ 被害者の持つ身体的、心因的要因を考慮すると、損害分担の公平性の観点から損害額の調整を行うべきであること
④ 素因減額の割合を決定するにあたって考慮した諸事情

素因減額を争う場合の判断基準

 示談交渉で解決せず、調停などで素因減額を争う場合の判断には以下のような点が考慮されます。そのため、裁判所の判断基準を押さえておくことは、非常に重要といえます。

① 交通事故の態様、事故車両の損傷状況
大きな事故や、車両の損傷が激しいと、事故自体による損害が大きく、被害者の素因による影響は小さいと判断される傾向があります。

② 既往歴の有無や、既往症の種類、態様、程度(当該病的状態が平均値からどれほど離れているか、その病態除去のためにどの程度の医学的処置が必要か、事故前の健康状態(通院状況等))
被害者の既往症が、事故に影響しうる疾患であり、影響を与えるほど重度の場合には、損害拡大への寄与があると判断される可能性があります。

③ 事故の大きさに見合った治療期間かどうか
事故によるケガの内容に比べて、通常考えられる治療期間を大きく超過している場合、通院の態度、事故前後のストレス耐性の有無や変化などには、被害者の持つ素因が影響 したと判断される傾向があります。

これらの内容と事故で負った怪我との関連性を、個別の事情も含めて考慮され、素因減額について判断されることになります。

素因減額と過失相殺の順序

 素因減額以外にも、損害賠償額を調整するものに過失相殺があります。過失相殺は事故の発生に被害者の不注意等があった割合を控除するものです。
 素因減額と過失相殺両方の問題があった事案では、素因減額の後に過失相殺を行うというのが実務上は一般的です。

素因減額と過失相殺の計算式

素因減額と過失相殺の両方があった場合に、以下のような計算を行い、最終的な損害賠償金を算出します。

例)損害金額200万円、過失割合2割、素因減額3割
前項の通り、まずは素因減額を行います。
200万円×10割-3割)=140万円

ここから更に過失相殺を行います。
140万円×10割-2割)=112万円

 このように、被害者に 過失があり、かつ被害者の素因が損害を拡大させた場合には、損害総額から各割合を控除して調整を行うことになり、今回の例でもらえる最終的な損害賠償金は112万円ということになります。

まとめ

 加害者側の保険会社は、自社からの支払いを1円でも少なくするために、被害者に素因になりそうな事情があると強引に素因減額を主張してくることがあります。素因減額を主張された場合、それに対して反論するには、素因減額が心因的要因であれ、身体的要因であれ医学的知識が無ければ、相手方の主張を覆すことはできませんし、交通事故への関与の程度に関しては法律の知識も必要になります。

 このように、医療と法律に関する専門知識を武器にしなければならない素因減額の問題に被害者本人が一人で対応することは非常に難しいでしょう。依頼者にとって最善の結果となるよう、これまで培ってきた知識や経験を駆使して尽力いたします。素因減額を主張されたら、迷わず当事務所弁護士へご相談ください。

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